神経

抗GAD抗体関連疾患とstiff person症候群

診断時に抗GAD抗体異常高値だった1型糖尿病の方が、経過中に全身の筋痙攣の訴えがあったためstiff person症候群を疑った。不勉強であったので抗GAD抗体が関わる疾患、なかでもstiff person症候群について勉強しました。

抗GAD抗体関連疾患

グルタミン酸脱炭酸酵素(Glutamic Acid Decarboxylase, GAD)はグルタミン酸を基質として神経伝達物質であるガンマアミノ酪酸(Gamma Amino Butyric Acid, GABA)の合成に関与する。GADは中枢神経と膵β細胞に主に発現している。抗GAD抗体は1988年にstiff-person症候群(SPS)、てんかん、1型糖尿病患者で初めて発見された。近年GAD抗体は様々な神経疾患と関連があることが報告され、抗GAD抗体関連疾患(GAD antibody-spectrum disorders, GAD-SD)と称される。GAD-SDにはstiff-person症候群自己免疫性てんかん小脳失調辺縁系脳炎ミオクローヌス眼振などが含まれる。
GAD-SD患者の約30%に1型糖尿病を合併する

2003年から2018年にMayoクリニックでGAD抗体検査が提出された380514例のうち20nmol/L以上を示した323例が後方視的に解析され、212名にGAD-SDを認めた。症状発症の中央年齢は46歳(範囲5-83歳)。77%(163/212)が女性。stiff person症候群71例、小脳失調55例、辺縁系脳炎7例、複合症例44例を認めた。
自己免疫性疾患は59%に合併(125/212)し、甲状腺疾患34%(72/212)、1型糖尿病30%(63/212)、悪性貧血19%(40/212)の頻度で認めた。

GAD-SDの疾患はそれぞれ合併しうる。各疾患とそれぞれの合併の頻度が上記図で表現されている。

GAD抗体価

1型糖尿病患者では通常抗GAD抗体の値は100U/mL以下であることがほとんどだが、GAD-SDの場合は100U/mL以上と高値であることが多い。

stiff person症候群

概要

有痛性のエピソード性の筋痙攣と進行性の筋強剛を特徴とする稀な自己免疫性疾患
1956年にMoerschとWoltmanによって特に体幹・大腿に筋強直、腱反射亢進、spasmを認め、ジアゼパムによく反応する疾患として報告された。
好発年齢は20-50歳とやや若年であり、男女比1:2と女性に多い
有病率は100万人あたり1人と非常に稀とされているが、見逃されている症例も多く詳細な頻度は不明。約70%の患者に抗GAD抗体を認める。他に知られている自己抗体として抗グリシン受容体抗体(抗GlyR抗体)、抗アンフィフィシン抗体、抗ゲフィリン抗体などが知られている。本疾患の5%は傍悪性腫瘍症候群として発症し、抗アンフィフィシン抗体と関連することが多い。胸腺腫、肺癌、乳がん、悪性リンパ腫などが原因の悪性腫瘍として報告されている。

症状・所見

筋硬直筋痙攣が主な症状であり、特に体幹の傍脊柱筋が好発部位である。四肢に限局する場合もある。体幹の筋硬直によって身体の屈曲と回転が困難となる。

筋硬直と筋痙攣は予想外の音、刺激、感情的な動揺で誘発されることがある(驚愕反応)。
驚愕反応が目立つ場合は不安障害やパニック障害と誤診されることがある。
このため横断歩道の横断や転倒に対する恐怖がよくみられる。
ELISA検査で抗GAD抗体10000IU/mL以上と高力価を認める。10000IU/mL以下の場合は髄液検査を行い、髄液中の抗GAD抗体陽性を確認する。GAD抗体価と病勢・予後は関連しない。
頭部MRIでは基本的に異常所見はない。

診断基準

A.臨床基準
 1)四肢および体幹筋における進行性の筋硬直
 2)筋硬直に重なって現れる不規則な痙攣
 3)弛緩できない作動筋と拮抗筋の連続共同収縮
 4)随意運動が困難となるが、原則として運動・感覚系は正常
B.検査所見
 1)自己抗体の存在(GAD65、GlyR、GABAAR、アンフィフィシン、ゲフェリン)
 2)電気生理学的検査による作動筋と拮抗筋の連続共同収縮の追認
 3)ジアゼパム投与後もしくは睡眠による筋硬直の改善
C.鑑別診断
 筋硬直と筋痙攣を症状とする他の疾患(アイザックス症候群、ジストニア、McArdle病など)の除外
〈病型〉
①古典型(70-80%):体幹を主体とし、全身に症状が波及する古典型SPS
②限局型(10-15%):下肢に比較的限局する。stiff limb症候群(SLS)ともいう。
③progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus(PERM):強直とミオクローヌスを伴う脳幹症状随伴型。非常に稀で0.1%以下。
〈診断基準〉
Definite:臨床基準と検査基準の全て満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外
Probable:臨床基準の全てと検査所見の2項目を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外
Possible:臨床基準の全てと検査所見のうち1項目を満たし、Cの鑑別すべき疾患を除外

合併症

1型糖尿病、自己免疫性甲状腺疾患、白斑症、悪性貧血などを合併する。
SPS患者の30%に1型糖尿病を合併するが、逆に1型糖尿病患者にSPSを合併するのは0.01%と非常に稀である。
15%の患者に失調・構音障害・嚥下障害など小脳病変を合併する。

治療

筋硬直・筋痙攣に対する対症療法としてGABA受容体作動薬であるベンゾジアゼピン(ジアゼパム、クロナゼパムなど)やバクロフェンを使用する。
上記の対症療法で有効な効果が得られない場合は免疫療法が検討される。
免疫療法としてはIVIGが唯一RCTで有効性が証明されている。
IVIGで効果を認めない場合はリツキシマブの使用が考慮される。
血漿交換やグルココルチコイドはあまり効果はない。
IVIGは嚥下障害や構音障害など小脳失調には効果がない。

予後

限局性の場合は症状が進行せず、日常生活を問題なく過ごすことができる場合もある。
多くの場合は症状は進行性で機能が制限される。そのため速やかな診断と治療の開始が重要となる。57名のSPS患者を長期フォローした研究では、対症療法のみでは80%(46名)が介助なしに自力歩行不能となっている。未治療で大関節に拘縮が起きると治療を行ってもADLの改善は望めない。

自己抗体

SPSに関連する自己抗体として抗GAD抗体、抗Amphiphysin抗体、抗GlyR抗体、抗Gephyrin抗体などが知られている。いずれもGABA合成や作用に関連する。

機序

通常作動筋が収縮した場合、拮抗筋は自動的に抑制される。
しかしSPSの場合、GABAによる神経抑制シグナルが減弱することで、作動筋が収縮した場合の拮抗筋の弛緩が阻害され、作動筋・拮抗筋ともに収縮が起こる。それによって筋硬直と筋痙攣が起こるとされる。

〈参考文献〉
Stiff-person Syndrome and GAD Antibody-spectrum Disorders: GABAergic Neuronal Excitability, Immunopathogenesis and Update on Antibody Therapies. Neurotherapeutics. 2022;19:832-847. PMID: 35084720.
GAD antibody-spectrum disorders: progress in clinical phenotypes, immunopathogenesis and therapeutic interventions. Ther Adv Neurol Disord. 2021;14:17562864211003486. PMID: 33854562.
Clinical spectrum of high-titre GAD65 antibodies. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2021;92:645–54. PMID: 33563803.
Neurologic disorders associated with anti-glutamic acid decarboxylase antibodies: A comparison of anti-GAD antibody titers and time-dependent changes between neurologic disease and type I diabetes mellitus. J Neuroimmunol. 2018;317:84-89. PMID: 29338930.
Up to Date : Stiff-person syndrome. last updated: Sep 28, 2022.

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guni
総合内科と内分泌代謝科で修行中。日々勉強したことを投稿しています。 皆様の参考になればと思います。役に立ったらシェアをお願いします。間違いがあればご指摘下さい。 臨床に応用する場合は自己責任でお願いします。