内分泌

コペプチンを用いた中枢性尿崩症の診断 アルギニン負荷試験 or 高張食塩水負荷試験

はじめに

尿崩症は心因性多飲症との鑑別が必要となる。
中枢性尿崩症はAVP分泌が不足し、腎性尿崩症は腎臓のAVPへの反応性が低下することで生じる。それぞれ完全型と不完全型が存在する。以前は水制限試験が行われていたが、診断精度が低く、患者の負担が大きいことが報告されている。
コペプチン(AVP分泌時に放出されるポリペプチド)が安定し、AVPのマーカーになることが確立してから、診断の過程が見直された。非刺激時のコペプチン>21.4pmol/Lは腎性尿崩症の診断に使え、また負荷試験時のコペプチンは中枢性尿崩症と心因性多飲症の鑑別に使える。高張食塩水負荷試験時のコペプチンは中枢性尿崩症を96.5%と高い精度で診断できるこの試験のデメリットは頻回のNaフォローが必要になることと、患者に高Na血症による不快感が生じることである。代替の負荷試験としてアルギニン刺激コペプチン濃度が93%の精度であり、プロトコルが簡易で、副作用も許容範囲である。よってこれまでの報告からアルギニン負荷試験のほうが高張食塩水負荷試験よりも望ましいと考えられるが、前向きにこの2つの負荷試験を比べた研究はなかったため、今回国際多施設の非劣性試験(CARGOx試験)が行われた。

方法

試験デザインと患者

ヨーロッパとブラジルの7施設で行われた。
18歳以上の多飲(自己申告で3L/日以上)と低張多尿(>50mL/kg/日かつ尿浸透圧<800mOsm/kg)または尿崩症の既往がある患者。糖尿病・高Ca血症・低K血症など他の原因に関連する腎性尿崩症や心因性多飲症は除外されている。他の除外基準としててんかん、コントロール不良な高血圧、心不全、肝硬変、無治療の副腎不全・甲状腺機能低下症、妊娠・授乳中、急性疾患・末期状態がある。

手順

病歴聴取後に一般的な検査を行い、全ての患者に下垂体MRIを推奨した。
患者はランダムにアルギニンもしくは高張食塩水を最初に受ける群に振り分けられた。
負荷試験は早朝空腹時に行われ、水分摂取は朝6時まで許可された。デスモプレシン治療は24時間前に中止され、重症症候性中枢性尿崩症患者は最低12時間前に中止された。負荷試験後に治療は再開された。ヒドロコルチゾン内服中の患者は個々のストレスDoseの投与を受けた。

アルギニン負荷試験

l-アルギニン塩酸塩(21%)を0.5g/kg(最大40g)を500mLの生理食塩水に溶解し、30分かけて点滴投与。コペプチン測定は投与前、投与開始後60分、90分に行う。60分のコペプチン値に基づいて診断される。コペプチン2.4pmol/L未満は完全型中枢性尿崩症2.4-3.8pmol/Lは不完全型中枢性尿崩症3.8pmol/L以上では心因性多飲症が示唆される。

高張食塩水負荷試験

両側の腕にルートを留置し、片方は点滴用、反対側は採血用にした。
250mLの3%高張食塩水をボーラス投与後に点滴を0.15mL/kg/minの速度で続ける。採血は30分毎に行う。Na値は静脈ガスで迅速にモニターされた。点滴は血清Na値が149pmol/L以上となったら中止し、速やかにコペプチンを測定する。採血が完了したら、患者は飲水(30mL/kg)し、5%ブドウ糖500mLを60分かけて投与する。正常なNa値が確認できたら帰宅する。診断は血清Na値149mmol/L以上の時点で測定されたコペプチンの値でなされる。コペプチン2.7pmol/L未満で完全型中枢性尿崩症2.7-4.9pmol/Lで不完全型中枢性尿崩症4.9pmol以上で心因性多飲症が示唆される。

負荷試験の負担と副作用の評価

全ての患者で口渇感、めまい、頭痛、嘔気、倦怠感などの症状を評価した。
VASスケールを用いて負荷試験の負担と症状を10段階で評価した。

仮診断と治療反応の評価

両方の負荷試験後に患者は仮診断と治療を受けて帰宅した。3ヶ月後に治療反応と臨床転帰が評価され、仮診断が再評価された。

最終診断

最終診断は病歴・検査・画像・高張食塩水負荷試験の結果・治療反応性などを考慮して独立した二人の内分泌内科医によってなされた。内分泌内科医はアルギニン負荷試験の結果は知らされておらず、診断は高張食塩水負荷試験の結果だけで行われてはいない。二人の診断結果が一致しない場合は3人目の内分泌内科医にコンサルトされた。中枢性尿崩症と心因性多飲症に診断が分けられたあとに完全型と不完全型の区別は主に高張食塩水負荷試験時のコペプチン値によってなされた。

アウトカム

プライマリーアウトカムは事前に規定したコペプチン値に基づく2つの負荷試験の中枢性尿崩症と心因性多飲症の鑑別精度。鑑別精度は正確な診断(真の陽性と真の陰性の合計)を最終診断の総数で割ることによって計算された。非劣性マージンは10%。
セカンダリーアウトカムは負荷試験の許容可能な副作用、患者がどちらを好むか、以前報告されていたコペプチンのカットオフ値の鑑別精度の検討。
以前の報告では中枢性尿崩症と心因性多飲症の鑑別としてアルギニン負荷試験の60分値3.7pmol/L、90分値の4.1pmol/L、高張食塩水負荷試験負荷試験の6.5pmol/Lがカットオフ値として推奨されている。
完全型と不完全型中枢性尿崩症の鑑別としてアルギニン負荷試験では60分値2.4pmol/L、90分値2.6pmol/L、高張食塩水負荷試験の2.7pmol/Lが推奨されている。

*以前の報告
A copeptin-based approach in the diagnosis of diabetes insipidus. N Engl J Med 2018; 379:428-39.
Arginine-stimulated copeptin measurements in the differential diagnosis of diabetes insipidus: a prospective diagnostic study. Lancet 2019;394:587-95.

結果

患者

177人の患者が組み入れられ、13人がランダム化に除外された。
164人が少なくとも1つの負荷試験を受け、6名が最終診断前に辞退した。
最終的に158人が2つの負荷試験と最終診断を受けた。2つの負荷試験の間隔は中央値で4日(IQR, 1-8日)だった。最終的に69人44%が中枢性尿崩症(41人59%が完全型、28人41%が不完全型)、89人が心因性多飲症と診断された。中枢性尿崩症の原因は術後発症(30%)、視床下部下垂体病変(26%)、下垂体炎(12%)、特発性(12%)であった。さらに下垂体前葉機能低下症が29人(42%)に同定された。完全型中枢性尿崩症の患者は不完全型中枢性尿崩症や心因性多飲症患者よりも飲水量と尿量が多かった。コペプチンと尿浸透圧の基礎値も同様に完全型中枢性尿崩症の患者は低かった。

プライマリーアウトカム

アルギニン負荷試験の鑑別精度は74.4%(95%CI, 67.0-80.6)。
高張食塩水負荷試験の鑑別精度は95.6%(95%CI, 91.1-97.8)。
高張食塩水負荷試験よりも10%以上診断精度が低かったので、アルギニン負荷試験の非劣性は満たさなかった。

セカンダリーアウトカム

コペプチンのカットオフ値を変えても診断精度は変わらなかった。
アルギニン負荷試験の60分値3.7pmol/L、90分値4.1pmol/Lの診断精度がそれぞれ75%と79.2%。高張食塩水負荷試験のコペプチン濃度6.5pmol/Lの場合は96.2%2.7pmol/Lは完全型と不完全型の鑑別精度が88.4%で、感度92.7%、特異度82.1%だった。
アルギニン負荷試験において3.0pmol/L以下は中枢性尿崩症の診断において特異度90.9%、感度59.5%、5.2pmol/L以上は心因性多飲症の診断において特異度91.4%、感度56.4%であった。

安全性

許容不能な副作用はどちらの負荷試験でも起きなかった。
ほぼ全ての患者がひどい口渇(VAS中央値 8.0, IQR 7.0-9.0)をアルギニン負荷試験終了時に感じていた。その他に軽い頭痛(37%, VAS 3.0)や倦怠感(32%, VAS 3.5)など。
高張食塩水負荷試験でも同様にひどい口渇(98%, VAS 9.0)、軽い頭痛(59%, VAS 4.0)、倦怠感(51%, VAS 5.0)が生じた。
72%の患者が高張食塩水負荷試験よりもアルギニン負荷試験を好んだ。

結論

アルギニン負荷試験は高張食塩水負荷試験よりも中枢性尿崩症と心因性多飲症の鑑別において劣勢であることが分かった。一方で患者の72%はアルギニン負荷試験を支持した。
中枢性尿崩症と心因性多飲症の鑑別においては、やはり高張食塩水負荷試験が望ましい。
一方でアルギニン負荷試験のコペプチン3.0pmol/L以下、5.2pmol/L以上は90%以上の特異度を有する。
*コペプチンはまだ本邦では保険適応ではなく、実臨床で測定できない。

〈参考文献〉
Arginine or Hypertonic Saline–Stimulated Copeptin to Diagnose AVP Deficiency. N Engl J Med 2023; 389:1877-1887

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guni
総合内科と内分泌代謝科で修行中。日々勉強したことを投稿しています。 皆様の参考になればと思います。役に立ったらシェアをお願いします。間違いがあればご指摘下さい。 臨床に応用する場合は自己責任でお願いします。